今回はちょっと胡散臭い話をします。
ですが特定の宗教に勧誘するものではなく、また特定の宗教を揶揄するつもりもありません。
夢を叶えるために神頼みをするというのは一般的によく知られた行動です。
ただし多くの方は「直接的な効力はない」とも理解していると思います。
では神頼みは無駄なことなのでしょうか。
今回は夢を叶えるために神頼みが有効な2種類の話をします。
毎日1~2分の神頼み
自宅に神棚や仏壇があるとお金持ちになりやすいと言われています。
その理由は毎日1~2分神頼みをするからです。
といっても、毎日拝めば神様や仏様が願いを聞き届けてくれるわけではありません。
具体的な夢が叶っていく手順は以下の通りです。
具体的な流れ
最初の頃はとても大雑把な願い方をします。
「大金持ちになれますように」「異性にモテますように」「出世できますように」...
ですが毎日1~2分間お祈りしていると、飽きてきます。
具体性のない祈りを唱えても自分自身で「どうやって?」と疑問が湧いてくるのです。
自問自答するわけです。
そして1~2分の短い時間で解決策を想像しはじめます。
1~2分間はスマホやテレビなど外部からの余計なインプットがない状態なので、脳内の情報を整理して自分なりの解決策を導き出しやすくなります。
また、そのときに「これってどうなっているの?」「あれを使えばうまくいくのでは?」と調べたくなることも出てきます。
知りたいことがでてきても半日も経てば忘れてしまいますが、1~2分だけであれば覚えていられます。
祈りが終わった直後にはその知りたいことをスマホなりパソコンなりですぐに調べられます。
こうして1~2分の祈りによる願いは徐々に具体性を帯び、毎回ちょっとずつ解決策を考えることで進んでいくことができます。
もう一つの神頼み「神様に祈りは済ませたか」
もう一つのシチュエーションを説明します。
たとえば学校のテストや受験、就職面接やプレゼンなどといった大一番の直前の神頼みです。
私はよく自分自身に「神様に祈りは済ませたか」と聞きます。
元となっている考え方は昔ベストセラーになった自己啓発本に書かれていた一節です。
その書籍を紹介したいと考えて調べたのですがタイトルが思い出せず探し出せませんでした。
※「神様に祈りは済ませたか」で調べたら大ヒット漫画「ヘルシング」が出てきました
大一番の直前にこれを自問自答する意味は「もう神様に祈るくらいしかすることはないのか?」です。
つまりこれまで一生懸命準備して、やるべきことは全てやった状態であれば、残りは「人事を尽くして天命を待つ」という心境でいるしかないという考え方です。
物事に「100%」はありません。
我々ができることは事前準備によって確率を高めることだけです。
そして自分でできる全ての準備が終わった状態でなお失敗するのであれば自分とは無関係の事象によるものです。
そこはどうしようもないので怖がったり心配したりしても仕方がありません。
むしろ心配しすぎるあまりメンタルを崩して本調子が出せないことのほうが問題です。
「やれることはすべてやった」ということの再確認のために「神様に祈りは済ませたか」と自分に聞いてみましょう。
最後に
「神頼みが夢を叶える」というテーマで2つのシチュエーションを紹介しました。
毎日1~2分の神頼みは意外にバカになりません。
1~2分とはいえ、毎日着実に進んでいるのです。
もちろん、具体例でも触れた通りに1~2分の間に出てきた疑問はその後に解決しようと行動するでしょうし、モチベーションが上がればそのまま行動にも反映されます。
1~2分の祈りだけで夢が叶うという意味ではありません。
もう一方の「神様に祈りは済ませたか」は私自身が緊張しやすいタイプなのでよく自分に言い聞かせています。
「神様」という胡散臭いテーマなので警戒する人も多かったかとは思いますが、内容はむしろ現実的なものばかりで神様という言葉と場所を拝借しているだけです。
もちろんご自身の宗派によって祈る対象を変えていいですし、無宗教の方はその辺で拾ってきた大きくてきれいな石に祈っても大丈夫です。
願う対象ではなく、毎日夢を願うという事実そのものが大切です。