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メンタリストDaigo 謝罪動画で論点のすり替え?半笑い?信者もアンチも盲目的で怖い!

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メンタリストDaigoがホームレスや生活保護の人を差別したことで大炎上。

 

一度は「自分は間違っていない。アンチが~」と煽る動画を出したものの、事の大きさに態度を反転させ謝罪生配信を行いました。

 

個人的にはこの大炎上があってもまだ中立的な立場でいるつもりではありますが、謝罪動画が炎上を加速させるような内容だったように感じました。

 

※あくまで私が感じただけなので、当記事を読むあなたが同じ感想を持つとは限りません。

 

※当記事はすでに削除された8月13日の生配信「【謝罪】間違ったことを言ったので謝罪します【今後の展開について】」を見た個人的感想です

 

 

 

ちゃんと謝ってる?

 

8月13日に生配信された「【謝罪】間違ったことを言ったので謝罪します【今後の展開について】」では、メンタリストDaigoはいつも通りの本棚で囲まれた妙に狭い小部屋で、いつも通りゆらゆらしながら斜めに頭を下げています。

 

また、いつも通り片方だけ口角を上げて喋っているので見慣れない人にはニヤついてるようにも見えたかもしれません。

 

私個人としては、誠意を見せるのならゆらゆらせずにしっかり両足で立ち、片側の口角だけが上がらないようにしてもう少し深く頭を下げたほうがイメージがよかった気がしました。

 

 

再度の謝罪

 

やはり謝罪しているように見えなかったという声が大きかったのか、翌日の8月14日に再度謝罪動画を公開しました。

 

今回はいつもの本棚部屋+おしゃれな服装ではなく、背景が事務所風で服装もネクタイまで締めたスーツ姿。

 

さらにはいつもの早口を抑え、いつものゆらゆらした立ち方も改め、その上で何度もカメラから消えるほど深々と頭を下げています。

 

穿った考え方をするならば「敢えて先にダメな方法を見せることでより誠意を感じさせるという心理学の超王道の手法」と言えなくもありませんが。

 

 

涙の謝罪??

 

報道(?)では「メンタリストDaigo泣きながら謝罪」となっています。

 

YouTubeの特性上どんな理由でも視聴することが投稿者の利益になってしまうため、今回の件でメンタリストDaigoを嫌っている人は動画を見ずに報道(?)をそのまま鵜呑みにしてしまうでしょう。

 

彼は泣いてません。

 

確かに目はちょっと赤かったです。

 

そして15分弱という尺の最後の数秒で、こぼれてもいない涙をぬぐう仕草をしただけです。

 

報道(?)ではその涙をぬぐう仕草だけが静止画像として使われています。

 

その画像を使って「涙ながらに謝罪した」とすれば、ワンワン泣きながら「ごめんなさいぃぃ」と言っているように感じますよね。

 

涙声ではありませんでした。

 

涙はこぼれていませんでした。

 

私は泣くこと自体に何の感情もわきませんが、こぼれてもいない涙をぬぐう仕草は「やってんなぁ」と思いましたし、報道(?)で示し合わせたようにそのシーンの静止画を使っているのは強烈な違和感があります。

 

次に述べる「釣りのようなタイトル」もあわせると、メンタリストDaigoの得意技が遺憾なく発揮されているように感じます。

 

 

タイトルが... 謝罪を「撤回します」??

 

謝罪配信をしては消してを繰り返したメンタリストDaigoですが、このスーツ+黒ネクタイの8月14日版の動画タイトルは「昨日の謝罪を撤回いたします【改めて謝罪】」です。

 

「改めて謝罪」がついているため謝罪をしないことにしたわけでないことは本編を見ずともタイトル全文を読めばわかります。

 

ですが残念ながら最初の数単語だけ見て反応する人はとても多く、その人たちを「釣ろうとしたタイトル」と捉えることもできます。

 

謝罪動画でそういう「彼が常日頃から見下している彼自身のアンチたち(=彼に反感を持っている人たち)を釣ろうとする意図」が見えてしまうタイトルをつけるのは誠実とは思えません。

 

私だったら「【改めて謝罪】昨日の謝罪にも問題がありました。撤回し重ねて謝罪いたします」などとして勘違いの要素をできるだけ排除します。

 

謝罪動画のタイトルにセンセーショナルでインパクトのあるキャッチ―なワードは不要ですし、謝罪動画は検索で辿り着く人を対象としたものではないのでSEOへの配慮も不要です。

 

 

メンタリストDaigoはメンタリストであり、自称(?)言葉と心理学のプロです。

 

あのタイトルで聴衆がどんな反応をするのかはわかっているはずで、謝罪動画でこれをすることは姑息と言われても仕方がないと思います。

 

 

違和感のあるメンタリストDaigoの謝罪 ...謝罪?

 

【以下、8月13日版のいわゆる「2度目の謝罪配信」の内容です】

 

実際に謝罪動画を見て、「あれ?」と感じる内容がいくつかありました。

 

また「勢いあまって言っちゃった」のでしょうか。

 

 

人に助けられた記憶がない

 

「勢いあまって言う必要のないことを言ってしまった」と反省しているはずの謝罪配信の真っ最中に、再び勢いあまって余計な事を言っています。

 

謝罪動画「【謝罪】間違ったことを言ったので謝罪します【今後の展開について】」の3分前後で、「人に助けられた記憶がない」と口にしています。

 

ご存知の通り、YouTuberは視聴者に支えられて収入を得ています。

 

今回の謝罪動画の収入はスパチャも含めて慈善団体に全額寄付するそうですが、これまでの広告収入やスパチャ、そして有料メンバーの会員費などは彼にとっては「助けられた」に該当しないのでしょうか。

 

そもそも人間は社会生活を営む上で、他人に助けてもらわずに生きることは不可能です。

 

たとえば衣食住といった最低限のことですら、専門職の方々がいなくては成り立ちません。

 

「お金を払っているから助けてもらったことにはならない」ということなのでしょうか。

 

私とは「助けてもらう」という言葉の定義が違いそうです。

 

お金を払った相手にも助けてくれてありがとうと言える心の余裕が欲しいですね。

 

 

なぜか猫の話にすり替える

 

たしかにネットニュースなどでは「生活保護やホームレスより猫を助けるべき」というセンセーショナルな内容が報道(?)されていました。

 

ですが、実際にこの発言があった動画では猫の話がメインではなく、「ホームレスは臭い」だの「生活保護の人は不要」だのと口にしているんです。

 

彼の頭の中では最初から野良猫の処分があったのかもしれませんが、少なくとも問題発言の直前には猫の話はしておらず、「制約やハンデを言い訳にして行動しない人」を否定していました。

 

「猫が好きすぎて余計なことを言ってしまった」という論調はちょっと私には理解が難しいです。

 

 

信者がだいぶおかしい

 

メンタリストDaigoには狂信的な信者がいることが知られています。

 

私自身、彼の主張の中には納得できるものもありますし、たくさんの知識を持つ彼を心酔する気持ちはわからなくありません。

 

また、人が誰に憧れを持っても私には特に関係ないことなので、彼の信者になっていることそのものに対して私は否定していません。

 

ただ、いくつかおかしなことがありました。

 

 

信者「間違ってないよ!」

 

いや、間違ってるんですよ。

 

今回の謝罪動画はメンタリストDaigo自身が間違いを認め、間違っていることを正して次に進もうとする決意表明の動画です。

 

これを「間違ってない」と言ってしまうのはメンタリストDaigo本人の行動を否定することになります。

 

憧れたり心酔したりするのはいいのですが、その相手が間違ったのならなかったことにするのではなく、改善してまた前を向こうとするその行動そのものを称賛してあげたらいいのではないでしょうか。

 

 

信者「謝る必要ない!」

 

上記と同様の話ですが、誰かを傷つけたのなら謝る必要があります。

 

「ホームレスは臭い」「生活保護を受けている人間は要らない」などといったセリフは、メンタリストDaigo自身も口にした通り「人権」を蔑ろにする行為であり、そこは謝罪の必要があります。

 

もちろん炎上を楽しむアンチに対して謝罪する必要はないですが、傷ついた人には謝るべきです。

 

そして信者の方々は、謝ろうとする意識を持った憧れの人を支えるべきです。

 

なかったことにしようとするのは間違っています。

 

 

支えるのなら

 

これは私の個人的意見ですが、ファンとしてこれからも支えたいのなら「謝らなくていい」「何も問題ではない」と火消しに走るのではなく

 

思いは伝わった

これから頑張って

 

と言うべきではないでしょうか。

 

もちろん強制はしませんが、メンタリストDaigo自身が間違っていると判断しそれを謝罪しているのに、ファンがそれを否定することには強い違和感があります。

 

「謝らなくていい」「問題ない」と言う事は、今回の件の何が悪いのか理解できていないということです。

 

それでは「メンタリストDaigoのファンはそんなやつばっかり」となってしまうのではないでしょうか。

 

間違ったらちゃんと謝罪できる、そして自分を改善して前を向く。

 

メンタリストDaigo本人だけでなく信者を含めたファンたちもそれを支えている姿が見られれば周囲の目も変わるのではないでしょうか。

 

 

過激なアンチもおかしい

 

一方、アンチの中にもだいぶ過激な人がいます。

 

 

過激なアンチ「今更遅い!」

 

アンチというか、他人の問題を糾弾したい人は「今更遅い!」というセリフを使いたがりますね。

 

人は間違う生き物です。

 

だから間違ったら謝罪し、贖罪し、言動を改善すればいいんです。

 

「今更遅い」と主張する人は、どうなれば満足なのでしょうか。

 

失敗した人間は何の権利もないのでしょうか。

 

あれ?

 

それって・・・

 

 

過激なアンチ「本も売ったしアプリも削除、有料メンバーも解約した」

 

こういう人が大勢いるのかはわかりませんが、声がとても大きいですよね。

 

私は「一度の失敗でその人の全てを否定する」という態度に違和感があります。

 

その売った本が差別を助長する内容であるならば売るべきでしょう。

 

アプリや有料メンバーで同様の思想になるように洗脳しているのなら解約すればいいでしょう。

 

でも、心理学の話と今回の差別発言は直接の関連はありません。

 

一つ失敗したらその人の全てが否定されなければいけないというのは「ホームレスは不要」と同レベルに過激で危険な思想に感じますがいかがでしょうか。

 

 

過激なアンチ「顔が・・・」「目が・・・」

 

一つでも間違った相手にはどんな暴言を吐いてもいいと考えている人が一定数いますね。

 

今回の発言は優生思想に繋がる非常に問題のある内容ではありますが、それと顔の造形は無関係です。

 

間違った言動と顔や目の造形を結びつけることは差別です。

 

差別発言をした人間を攻撃するために差別発言をするというのはまさにそういう過激なアンチが得意気に語る「特大ブーメラン」ではないでしょうか。

 

 

最後に

 

私はメンタリストDaigoに対し、いい感情も悪い感情もある中立な人間です。

 

彼の喋り方が苦手なので普段あまり動画は見ませんが、普段動画や書籍で口にする心理学関連の主張の一部は的を射ていると感じます。

 

ただ、今回の前回8月13日の謝罪生配信にはだいぶ違和感がありました。

 

また、信者・アンチそれぞれにも違和感がありました。

 

お互いがやや興奮状態にあるため偏った行動・思考になっているように感じます。

 

個人的には、「間違ったら謝る」「自身を改善する」といった行動は否定されるべきものではないと思っています。

 

私は「何度でも立ち直りやり直せるチャンスがある社会」であってほしいと思います。

 

それこそアンチも信者も、そして今回の件に無関心な人であっても、過去に一度も失敗をしたことがない人はいないはずです。

 

失敗し、反省し、改善し、成長してきたはずです。

 

私は今回の件を「不問にせよ」と主張していません。

 

「問題をなかったことにするな」とは思いません。

 

ただ、「反省して改善し、前を向こうとしている者にまで石を投げ続けるな」とは強く思います。

 

 

 

 

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