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日本人なら親ガチャで失敗しても育成でどうにでもなる 低レア度のコモンでも大丈夫!

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「親ガチャ」という言葉を知っていますか?

 

最近、「親ガチャを外して人生終わった」と表現する人がチラホラ出てきました。

 

はっきり言いますが、それが「日本」での話であれば、全然終わっていません。

 

たしかに親ガチャで当たりを引いたほうが育成(成長)はラクです。

 

ですが、それは覆せないほどの致命的な差ではありません。

 

親の性能が人生の決定的な差でないことを知ってください。

 

 

 

親ガチャとは

 

当記事に辿り着いている時点で「親ガチャ」を知らない人はいないと思いますが、一応説明させてください。

 

ガチャというのは、元々は駄菓子屋の店先などに置かれている100円を入れるとカプセルトイが出てくるものを指しますが、現代ではスマホゲームでの課金して手に入れるランダムなカードを指します。

 

カードにはレア度が設定されており、高レアなカード(SRとかSSRとか、ゲームによって呼称は変わります)ほど高性能で、ゲームによっては低レア(こちらもノーマルとかコモンとかゲームにより呼称が違います)は使い物にならないゴミ扱いされることもあります。

 

転じて、親ガチャとは「人生で一度きりのランダムで選ばれる親(の性能)」を指します。

 

これには経済力、育て方、考え方、愛情の与え方など全てが含まれます。

 

つまり親ガチャとは、子どもの側は親を選べず親によって幼少期の成長に大きな差が生まれることを揶揄した言葉です。

 

 

日本では低レアでも大丈夫

 

生まれによってどうにもならない身分制度のある国などは別ですが、日本のように職業選択の自由がある国では親がどんなクズでもなんとかなります。

 

何度でも繰り返しますが、親が金持ちだったり教育熱心だったりしたほうが成長しやすいのは事実です。

 

そこは否定しません。

 

ただ親が貧乏だったり教育に興味がないのだとしても大抵のことは「頑張れば」なんとかなります。

 

この「頑張れば」は片手間で小一時間やる程度のことを指しているわけではありません。

 

金持ちの子どもの何倍も努力と工夫を重ねれば同じレベルに辿り着ける・超える可能性があるということです。

 

 

じゃあダメじゃん?

 

この話を聞いて「じゃあダメじゃん」と言い出す人は、おそらくダメなので諦めてください。

 

人生がうまく行っていない人の共通点は「他人に原因を求める」点と「ラクをして一発逆転を求める」点です。

 

つまり「親が悪い」と口にしたり「たくさん努力しなくちゃいけないなら無理」と考えてしまうような人です。

 

親のせいで苦労することがあるのは事実です。

 

親のせいで人生がハードモードだったりイージーモードだったりするのは仕方がありません。

 

でもそれで努力すら放棄してしまえば待っているのは地獄のような人生です。

 

 

そもそも日本人は大当たりを一つ引いている

 

日本に生まれて日本で育っている人には意識し辛いかもしれませんが、日本人は「国ガチャ」でかなりレア度の高いカードを引いています。

 

「海外のほうがいい」と言い出す人もいますが、それは「日本以外の世界各国のそれぞれの優れている所」と「日本」を比べているからです。

 

もう少しわかりやすく言えば、「世界のオールスター」vs「日本」だから海外が優れているように見えるんです。

 

これは日本人特有の自虐気質(謙虚と混同している人もいますが)や、マスコミの偏った報道(?)によるところも多いです。

 

途上国まで含めれば当然日本はトップクラスですし、先進国だけで見ても上位に食い込みます。

 

「世界一か?」という問いには私もノーと言わざるを得ませんし、改善すべき点は山のようにあります。

 

ですが世界的に見れば十分に幸せな国です。

 

 

例外

 

こういう話をすると、必ず「努力できない人もいるんだよ」「子どもの頃から自分の時間が一切ない人もいるんだよ」「けがや病気で行動が制限されている人もいるんだよ」と言い出す人がいます。

 

怪我や病気で一切行動ができない方は例外です。

 

治療に専念してください。

 

周囲も、国も、可能な限りフォローしてあげて欲しいです。

 

そういう意味で「努力できない状況」ならばそれは仕方がありません。

 

完治するまでは無理をしなくていいでしょう。

 

ただ、「努力する才能がない」と言い出す人は例外にあたりません。

 

努力に才能は不要です。

 

「努力することに一切ネガティブな感情を持たず、息をするように努力を続けられる」が努力の才能だと思っていませんか?

 

だとしたら世の中の成功者のほとんどは努力の才能を持っていません。

 

「子どもの頃から自分の時間が一切ない」というのも私には信じがたいです。

 

経済的な事情で寝る時間を削ってまでアルバイトで家計を助けなければならないというような状況だったとしても、学校では「休み時間」が存在しますし、食事やトイレのための休憩は存在するでしょう。

 

このちょっとした時間を有効活用すれば、生活費を稼ぎつつさらに生活を楽にするための努力をすることはできます。

 

繰り返しますが「簡単に片手間でできる」とは言いません。

 

「金持ちの子なら貧乏人がバイトしている時間も勉強ができる」から有利なのは間違いありません。

 

なので経済的に苦しい方はそれこそ「死にもの狂い」の努力が必要でしょう。

 

でもそんな地獄のような環境だったら「ここから抜け出せるならどんなことでもしてやる」と考えませんか?

 

この「どんなことでも」の選択肢に、犯罪以外の方法があるとわかったら希望が見えてきませんか?

 

 

「天は人の上に人を作らず」

 

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」などと言われますが、実際には親の経済状況や育て方(愛情の与え方含む)などにより成人するころには大きな差が生まれます。

 

だからこそ、勉強を含む多方面の努力によってその差を埋めることが必要です。

 

この話は私の独断による補足ではありません。

 

学問のすすめはそういうお話です。

 

 

不公平?

 

親によって子どもの成長に差が出るというのは不公平だと思う人が多いですよね。

 

でもそれは仕方がないです。

 

親から子どもに財産を相続させることができる以上、親の金銭や考え方が子どもに伝わるのは当然です。

 

むしろ積み重ねた財産が自分一代で消え去る(つまり国が奪っていく)なんて嫌じゃないですか?

 

 

もちろん、どんなに貧乏でも「最低限の教育を受けられるようにすべき」という主張ならわかります。

 

ただ、日本ではその最低限の教育は達成できています。

 

日本の子どもの識字率をご存知ですか?

 

日本語を喋ることができる子どもがどのくらいいるかご存知ですか?

 

義務教育に通えている子どもの比率はご存知ですか?

※不登校の話は別問題なので今回は割愛します

 

会話ができて、読み書きもできる。

 

この状態であれば後は独立して自分で成長ができます。

 

日本での最低限の教育とは「国家・社会の構成員としてふさわしい最低限の基盤となる資質の育成」とのことなので、上記で大きくは間違っていないと思います。

 

最低限の教育の話をしている際に、なぜか「金持ちは私立医大に行けるけど親が貧乏だと無理」と主張する人がよく現れます。

 

私立医大に通うことは最低限の教育ではありません。

 

 

具体的に「お金がない」とは?

 

最低限の教育が受けられない貧乏な状態とは何かを考えてみましょう。

 

とりあえず義務教育にかかる費用ですね。

 

公立の小中学校の合計金額は約110万円です。

 

これは塾の費用・生活費が含まれず、給食費は含みます。

 

塾に通うのは最低限ではありませんし、生活費は教育とは無関係にかかる費用なので含みません。

 

 

110万円が捻出できないのなら最低限の教育が受けられない環境と言えるでしょう。

 

ただ、忘れてはならないのが「初年度に一括して払う必要はない」という点です。

 

小中学校は合計で9年間です。

 

つまり1年あたり12万円ちょっと、もっと言えば月1万円ちょっと捻出できれば公立の小中学校には通えるということです。

 

ちなみに公立高校の場合、3年間の合計で70万円ほどです。

 

1年あたり23万ちょっと、月額で言えば2万円に満たない額です。

 

これなら高校生本人がアルバイトしてもなんとか稼ぎ出せますよね。

 

たしかにアルバイトをすることで自由に使える時間はかなり減ります。

 

ただ私は「経済的に恵まれた人と同じだけ遊び呆けて学校にも通いたい」と言うのは「最低限の教育」には含まない気がします。

 

大学も奨学金とアルバイトを組み合わせればほとんどの学部は卒業できるでしょう。

 

「奨学金の返済で苦しくなる」というのはそれを見越した計画が練れていないからのような気がします。

 

私の大学時代の知人でも奨学金で苦しんでいる人が多いですが、そのほとんどが大学時代にアルバイトもせず新車を乗り回し美味しい外食に舌鼓を打ち無意味にセキュリティの高いマンションに住んでいました。

 

節約すれば卒業と同時に奨学金の半分くらいは返せたはずです。

 

奨学金を遊びに使っておいて「奨学金のせいで生活が苦しい」は真っ当な主張なのでしょうか。

 

 

「親ガチャに失敗した」と口にするやつは努力しない言い訳に使っているだけ

 

日本であっても、ヒトデナシな親は存在します。

 

そういう「親ガチャ」を引いてしまった子どもは本当に不幸な人生を送ることになるでしょう。

 

そういう子どもは周囲が気付いて救う必要があるでしょう。

 

ただ、SNSなどで「俺、親ガチャ失敗したから人生終わってるわ」と口にするような人たちの大半は努力をしない言い訳に使っているだけにしか見えません。

 

「親ガチャに失敗した」というフレーズは最近話題になったワードですが、言い換えれば「親が悪い」という昭和の頃から使われ続けてきたダッサいダッサい言い訳です。

 

パパ・ママの言いなりになっている姿は子どもそのものです。

 

自分の親がダメな大人なら、自分自身が真っ当な大人になりませんか?

 

斜に構える姿をかっこいいと感じるのは外から見たらだいぶ痛いです。

 

斜に構えて「やらない理由探し」にまい進してないで、自分の好きなことを極めてみてはいかがでしょうか。

 

 

最後に

 

ということで、親ガチャに失敗していても絶望する必要はありません。

 

育成(成長)の仕方によっていくらでも挽回できます。

 

私は「親ガチャ、つまり生まれによって有利不利がない」とは言っていません。

 

親によって人生の有利不利は存在します。

 

私が主張しているのは、親ガチャは人生を決定付けるほど重要な事ではなくその後自分自身が気付いて行動することで(親ガチャに当たった人と比べてかなりの努力が必要ではあるものの)変えることはできるというものです。

 

「挽回が大変」というセリフを「不可能」という意味に捉えてしまう人が一部にいますが、意味が全く違うことを理解してください。

 

 

当記事では「具体的に何をすればいいか」を書いていないので、人によっては無意味に感じるかもしれません。

 

ですが全ての「人生がうまく行っていない人」に共通する目的・目標を提示するのは不可能です。

 

何がしたいか、何が得意か、何が嫌か、何をしたくないのか。

 

これらは人によって違います。

 

それらを自分自身でしっかりと認識し、自分の本当にやりたいことができるように努力しましょう。

 

親ガチャに失敗しても好きなことをして生きていくことはできます。

 

もちろん「好きなこと」の種類によっては達成できないものもあるでしょう。

 

たとえば「働かずに美女を侍らせて札束の風呂に入る」などの場合はかなり難しいでしょう。

 

そういう場合は別の好きなことを目指してください。

 

なお「好きなこと」は一つに絞る必要はありません。

 

一つに絞ると、達成できないことで絶望します。

 

複数の好きなことがあれば、その中で(相応の努力を重ねれば)達成できるものに挑戦できます。

 

 

 

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